書評

史上最強の哲学入門 東洋の哲人たち

1.今日の一言と紹介する本

実は趣味でウェイクボードいや、ウェイクサーフィンをやっています。

完全にフルオープンのボートの後でやりますから、コロナ対策バッチリです。

行きたいと思っているのですが、体重が増えてしまっているのでちゃんと乗れるでしょうか。(笑)

では今日の書評『史上最強の哲学入門 東洋の哲人たち』をしていきましょう。

2.本のサマリー

東洋哲学とは何か?

まず最初にはっきりと断っておくが、本書を読んで東洋哲学を理解することは不可能である。心が軽くなりませんか?とお茶を濁した、人生訓や生きるヒントみたいなものとして東洋哲学を紹介することはできない…

簡単に、ライトに理解をする、そんな簡単なものでは無い東洋哲学。

その真髄を知るための一歩を踏み出しませんか?

東北大学大学院を卒業し、哲学や科学など敷居の高いジャンルの知識を、楽しくわかりやすく解説している飲茶。東洋哲学とは一体何なのか?

3.ポイント3点

無知を自覚することで、絶対にいつか真理に到達してやる!という熱い情熱を呼び起こす。そして、その情熱の赴くまま、人生の全てを費やし、考えて考えて考え尽くすのだ。

知識として知っているだけの人と、体験的に本当にわかった(悟った)人は本質的には全く違う

真に大切なのは、目的を達成する能力

4.岡崎の考察

哲学とは何なのか?

本書籍はインドから始まった東洋哲学の始まりが中国、日本と展開していく中でどのように変化したのか、そして東洋哲学とはどういったものであるのかを知ることができます。ただその全てを説明するにはあまりに情報量が多いため、まずは東洋哲学と西洋哲学の違いからご紹介していきましょう。

①東洋哲学と西洋哲学は何が違うのか?
西洋哲学は、より強い哲学を探すことを目的としています
ロジカルに、ロジカルを積み重ね、もっと正しい心理を探していくということを目的にしています。だから西洋哲学を理解するために大事な事は、過去から現在に向かって一つ一つ積み上げながら理解をしていけば良いです。
それに対して東洋哲学はこの西洋哲学の考え方とは根本的に異なるアプローチをしています。西洋哲学はゼロから積み上げていく、言い方を変えたら無知を前提にした哲学です。
それに対して東洋哲学は「われは真理を知り得た。悟った。究極に達した」というところから始まります。つまりすでに心理を知っている、悟っているというところからスタートしているのです。
だからその弟子の人たち、例えば釈迦の弟子たちは釈迦の考えは真理であり、それを理解できない。自分たちの理解度が低いだけ…そう考えているのです。いかに開祖、悟った人たちの思想に近づけていくかというところから東洋哲学は始まります。

②釈迦が悟った真理
釈迦は4つの諦めが、真理を明らかにすると語りました。この4つの諦めを、四諦(したい)といいます。
簡単に言ってしまうと、人生は苦しみだらけだけど、その苦しみには執着という原因があって、それをなくせば苦しみを消すことができます。
そして、その境地に至るための方法がある。ではその苦しみを消すための境地それは何か?八正道と言いますが、すごくシンプルに言えばちゃんとしましょう!という事(笑)
正しい考え方をして、正しい言葉遣いをして正しい行いをする…誰が考えてもそれがいいよねって言えるような内容です。哲学が難しいのは、正しいことが=行動できることではないということ。釈迦の教えを実践するのは簡単なことではなさそうです。

③性善説とは
性善説とは、要するに、人は生まれながら善の心を持っているという考え方のことです。ただこの性善説ですが、ただ生まれながらに人は善の存在ですよ、と言いたかったわけでは無いようです。人間は善にもかかわらず、すぐに問題を起こす。すなわちそれを支配する人たちがいかに無能であるかということだ!ということを言いたかったといいます。
人間の本性は善である。にもかかわらず、こんなに世の中が乱れているのはなぜか?それは、国を支配している官僚がよほどの馬鹿で無能だからだ!

④悟り
ではこういった様々な考え方、哲学を通して悟った先にどのようになるのでしょうか?最もよく前を表現したものとして有名な十牛図というものがありますこれは悟りのプロセスを称したイラスト集です。
この中で8枚目までたち向かって人は成長していきます。ところが9枚目、10枚目で異変が起こります。悟ったはずの人がただのおじさんになっているのです。
つまり悟った先どうなるのかという事についてこのように考えられています。悟ったところで、何も変わらないし、普通のそこらの人と同じ。結論、悟る、悟らない、を考えるなら行動しましょう(笑)

東洋哲学について考えたい方、よくまとまった1冊です。気合を入れて読むことをお勧めします。

5.気になるワード

どれだけ時間と労力をかけて学ぼうと、いや、時間と労力をかけて学べば学ぶほど、むしろ理解から遠のいていく。
東洋哲学を理解した、わかったとしたらそれは1つの奇跡だと言っていい。
無知を自覚することで、絶対にいつか真理に到達してやる!という熱い情熱を呼び起こす。そして、その情熱の赴くまま、人生の全てを費やし、考えて考えて考え尽くすのだ。
東洋哲学は、そうした西洋哲学の営みとは根本的に異なる。そもそも東洋哲学者たちは、無知を前提にしない。それどころか、彼らは臆面もなく神宣言する。
われは真理をしびれたり。悟った。究極に達した。
東洋哲学はゴールを目指すのではなく、ゴールしたところからスタートする
働かない人間達というものは、決まって生活に関係ない、余計なことを好んで考えるようになる。端的に言えば、哲学者になるのだ。
我が存在するために絶対必要な条件とはなんだろう?
私があると言えるのは、何らかの対処を見たり感じたりするような意識現象があるときだけ
古代インドの哲学
哲学的には、私は〇〇ではない、というのが真理なのに、日常的には、私は〇〇であると考えている。という僕たちの(間違った思い込み)が、この世のあらゆる不幸を乱す原因になっているのだと考える。
出家=老病死の苦しみを克服する境地を目指す
知識として知っているだけの人と、体験的に本当にわかった(悟った)人は本質的には全く違う
中道とは、いわゆるほどほどがいいよというものではない。中道とは、悟りと苦行には何の因果関係もない。いや、それどころかむしろ障害になり得るという釈迦の秀逸な洞察
中道(極端ではない状態)こそが、1番悟りを得るのに適切な状態だ
人生は苦しみだらけだけど、その苦しみには執着という原因があって、それをなくせば苦しみを消すことができます。そして、その境地に至るための方法がある
釈迦は80歳で食あたりによって死んだ。
僕たちが日常的に使っている原因という言葉の正体は、実は個人個人の思い込みに由来するものであり、原因という自明で確固たる何かが、そこに存在しているわけではない
本来、世界の真の姿とは、AともBとも言えないような、どっちがどっちにも言えないような、そんな全てがドロドロに混じりあった海のようなものなのだ。
真に大切なのは、目的を達成する能力
孔子の思想を簡単に言ってしまえば、思いやりの気持ちを大切にして、礼儀正しくいきましょうということだ。
仁とは他者を慈しみ愛する思いやりの気持ちのこと。
礼とは仁(思いやり)を態度として表す礼儀作法のこと。
人としてやるべきことをやり、神秘的な存在について敬いながら、遠ざけておこう。
よくわからない宗教的神秘なんかよりも、現実に生きている人間を第一に考えよう、それが孔子の一環した態度であった。
坂井の混乱がどのような原因から生じているのか。それは互いに愛し合わないからである。
性善説とは、要するに、人は生まれながら善の心を持っているよという考え方の事
孟子は性善説を持つ出すことで、支配性たちがいかに無能であるかを明らかにしたかった
礼は政治の極致であり、国家を強固にする根本である
仏教とは世間で言われているような神秘主義の現世利益的な宗教などではなく、長い時間をかけて緻密に練り込まれた深遠な哲学体系だ
強固にこわばったものより、柔らかいものの方が強い
何のために対立は存在するのか?それは、欲望という心の動きをくっきりと浮かび上がらせのためである。
人間という生き物は、禁止されたものはどんなものであろうと魅力的に見えてくる
うそも方便。これこそが東洋哲学の本質である。
悟りたい!悟りたい!という思いも欲望なんだから、そうやって必死になっているうちは悟れない
悟ったところで、何も変わらない、普通のそこらの人と同じ
私が最強であることを、私だけが知っていればいい

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